多賀城市

宮城県多賀城市まで往復して一週間が経った。しかし、多賀城市文化センターで避難生活を送っている600人の方々や、波が襲った海から街に至る国道沿いの厳しい風景を、毎日の自分の生活のすぐ後ろ位に感じる。遠くの世界の話ではなくて。目を見て、声を聞いて、少し一緒に笑ったりしただけなのに、小さいけれど強く共鳴した部分があるのだろうか。
大切なことは言葉にならないという作家さんがいたけれど、無理に誰かに説明したり表現する必要はないと感じる。ただ、クルマや家具の数々が痛ましい姿で道路の脇や家のすぐ脇にあるのを見ると、それらはガレキという無名のゴミではなく、この間まで人に愛されていた生活の道具たちの死骸に他ならない。人間にとっては、モノもまた命を失ったのであり、風景も、土地も、一旦、死んだのだろうと感傷的に感じてしまう。
そこにある圧倒的な死の気配に対して、やはり、頑張ろう、とか、再建しよう、というかけ声がもたらすプラスの効果は大切なのだろう。もう少し、適切なコトバがあればよいのだが。

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copyright Nobuo Yasutake