驚くべき学びの世界展

10日ほど前になるが、ワタリウム美術館での「驚くべき学びの世界展」に出かけた。北イタリアのレッジョ・エミリアで行われてきたアートによる幼児教育の成果報告だ。教育という分野が当事者の子どもたちに対して有益なばかりではなく、社会や地域の未来に大きな可能性をもたらすことに改めて気づかされて、会場で少しくらくらした。
人間の成長の可能性を楽天的に信じること。手本や資料に頼らず、実験や観察で正しいやり方を見つけること。あたり前のことだけれど、こうした姿勢を地道に続けていけば、モノゴトを考える単位も3年や5年ではなく、自然に30年や50年の長さになって、本当に正しいことをする、残すようになるのではないか。と、鈍感なこの国の有様と比較して思う。鈍感さも一個人の単位なら笑い話だが、国民の全体でバブル以降20年も続けていれば、後世にとっては大きな罪作りといえるようだ。
ワタリウムに行っている間、GSは笹塚の福田モーター商会で定期点検。どこも問題はないと言われ上機嫌、親ばか気分で帰路につく。オートバイだといつも感じるが、ミニバンの後ろほど乱気流が激しいものはない。車体が左右に揺すられるほど。大気がきれいに車から剥離できないのだろう。見た目も美しくないフォルムは、物理的にも正しくない。フォルムを自然界からもらっていないからに他ならないから、とヘルメットの中でぶつぶつ言いながら走ってきた。こうした車が日本人の自動車離れを生み出してきたのだ。

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