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須賀敦子さん

このところ、須賀敦子さんを読み直していると、以前は表層しか理解していなかったところが少し、違う見方ができるような気がしている。須賀さんは1950年代のミラノで32歳で結婚し、夫と真剣に家庭と仕事を作りながら生きた。わずか6年で夫を亡くした跡は、しばらくして日本に戻り、やがて上智大学で学究を楽しみながら、晩年ついに作家として脚光を浴びた。私は寂しく生きることを選んだ、と彼女は書いた。
僕は須賀さんのことを、知的な向上心に突き動かされる果敢な人物と捉えて尊敬していたが、複数の本から垣間見える彼女の姿は、貧しい暮らしの中でも小さな喜びを見つけて育んでいく、実に従順でやさしく、些細なことに気弱になる自分を奮い立たせながら生きる心持ちだった。また真摯にキリスト教に向き合い、信仰にそってより良く生きることを求め続けたことも見逃していた。
4、5回、ミラノを歩いたことがある。勝手がわかった雑貨店や細かいところまで覚えているナヴィオリ運河沿いの小道など、単なる旅行者の僕にとっても、ミラノは不思議に等身大の生活感を感じる街だと思う。あそこで暮らしたら、と少し想像できるような親近感がある。あの古い、オレンジ色の路面電車に須賀さんは乗って、多くの友人に囲まれながらも一人で暮らしていた。
自分の脚にぴったりと合う靴さえあれば、私はどこまでも歩いていけると思う。と書いた一文は、人生にとってその靴と出会うのがいかに重要かを示している。
僕は靴を見つけているのだろうか、と胸に問う。少なくとも去年までとは違う靴を、今、僕は履いている。

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copyright Nobuo Yasutake